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私には消えて欲しい二つの症状がある。
一つは鼻詰まり。気温の変化に伴ってまたもや鼻がつまり出し、こないだセドナの赤土を吸い込んで以来更に悪化、息が苦しい日々。
もう一つが、汗っかき症状。毎年暑くなってくると、私の体は気温×体温の上昇に過剰反応、温度調節に必死になる。
暖かい飲み物なんて飲んだらもう大変。キャー体温を下げなきゃ!!とばかりに汗だくになってしまう。

これ、一体何なんだろう。と最近またもや悶々としている。
今までIHで全く消えて無くなった症状もあれば、(ネコアレルギーとか花粉)こうやって帰ってくる症状もある。
同じ症状でセッションを受けると、その度に違う角度から自分の人生をヒーリングすることになり、興味深い。

でも。

いい加減にこの症状がとにかく消えて欲しい〜〜!!

と切実に思ってしまう。そして症状が出てくる度、なんだか失望してみたり。

これが一生続いたらどうしよう?そんなのイヤだ〜。
私だって普通に息ができていいはずだ!!

と症状の被害者になってみたり。

と同時に、自分の人生の方向性にもハッキリとしたビジョンが描けず、手探りで不安定な日々。

大抵こういうカラダの症状と自分の人生のモヤモヤはかぶっている。
だってつながってるからだ。
それは自分に起きている別々の二つの出来事ではなく、すべては私というひとつの存在の中のハナシだからだ。

近年は自分のスピリットを意識して、オーガニックに生きてるけど、まだまだこんなこともあるのさ。

で、ここ数日EFTのワールドサミットをオンラインで聞いているので、重い腰を上げてこの症状についてまたwork onしてみることにした。

一体なんでやたらに汗をかくのか気になったので、関係するものを筋反射でチェック。1万1千個以上のアフォメーションが書かれた本から私の体が引っ張ってきた一文は、
「私のNervous System (神経系) は、常に最適に機能しています」
というもの。
やっぱり。温度調節するのは交換(副交感)神経であって、この鼻詰まりも汗もその不具合によって出てきてるんだろうな〜。

で、EFT開始。この症状にまつわる自分の感情を吐き出してみる。

一通りそれらをリリースした後、さっき選ばれたアフォメーションをタッピングしながら潜在意識に言い聞かせてみる。

そしてEFTお決まりのアフォメーション、「例えこの症状があっても、私は無条件に、自分を愛し、受け入れます」。

うーーーむ。
しばらくタッピングしてみたけど、この「例えこの症状があっても」ってところがどうもひっかかる。
だって、治りたい!
この症状は受け入れたくないよ!
自分の事は愛してるけど、この症状はいやだし、将来の事で不安なのもイヤだー!!

そんな事もまた口に出してみながらタッピングを続けたけど、イマイチ大きくシフトした感はないまま、この日は就寝。
ま、また明日やってみるか〜。

で次の日。

いつもの通り、私は朝が苦手だ。朝なんて誰でも眠いだろうけど、私の場合起きた後も、少なくとも2、3時間は仕事をしていようが何をしていようが異常にボーっとしている。これは小さい頃から同じ。
これ、最近までずっとよくない事だと思ってた。
でも最近ようやく理解したところによると、このボーっとしている状態、まだ寝ている状態に近いのだ。
イヤつまり、人は寝ている時、こちらの世界とあちらの世界の中間にいるという。潜在意識にアクセスしている状態であり、自分のスピリットともアクセスしている時だ。
で、私の場合これが起きた後もしばらくまだその中間の世界とつながっているだけなのだ。
(同じような人はきっといると思うんだけど、そう自覚してあげると、だいぶ生きやすくなるよ。)

で、私は朝から運転していた。ボーっとしながら。(時々危ない。)
そしてひどい渋滞に巻き込まれた。

そうか、渋滞か。。。
んじゃせっかくだからドライブしながら昨日の続きのタッピングでもやってみよう。

あちらの世界とこちらの世界の間で、私はタッピングしてみた。
今回は昨日しっくりいかなかったところを突いてみる。
治りたい。消えて欲しい。治らないかも。また症状が出てガッカリする気持ち。

そこでふと思う。
でも、もし、この症状が何かから私を守るために出ている作用(か副作用)だったら?
何かのバランスをとるために、この体は必死に戦っているんだとしたら?

そうだとしたら・・・これは邪険にするものじゃなくて、まさか愛すべきもの???

タッピングしながら出てきた言葉は、

・・・「これが治ろうが治らなかろうが、今、私は私の体を愛します。」
「治ると信じる。でも、例えこの症状があっても、私はそれを含めて、私の体を誇らしく思います。」

「私は自分がちゃんと出来ようが出来まいが、今、自分を愛します。」
「私は愛に価する。今日、ここにいるから。
この世界に存在しているから、私は私を、私の細胞の一つ一つを全て、受け入れて、愛します。」

自分の意識とは遠いところから、涙がめちゃくちゃ溢れてくるのが分かった。
自分の魂が泣いてた。
ドライブしながら前が見えない。

そんなに自分にプレッシャー与えたつもりはなかったけど、ここんとこずっと、プランしなきゃ、行動しなきゃ、どうしよう、治らない、治したいって色々焦ってたな。
あれを復習して、何か新しくやってみよう、とか思いながら日々の雑用に紛れて出来てない時なんて、なんだか自分にガッカリしてみたり。

自分は変わりたい、変わらなきゃ、って思うのって、もちろんいいんだけど、未だについつい忘れがちなのは、
「自分の行動に対する評価」はやってもいいけど、それは「人間としての評価」とは違うということ。
人として、ここにいるだけで、私たちは誰でも無条件の愛に価する。

「ちゃんとできてる自分」を愛するのは簡単。
でも「できてない自分」を愛せるか?
その「消えて欲しい症状」をも含めて、自分を丸ごと愛せるか?

そんな事したら、自分がどんどんダメになっちゃうんじゃないか。って思う人もいるかもしれない。

でも自分を、子供のように、愛して育てる事はできるよね。
その子供を、何かができないからって愛するのをやめるだろうか?

この症状を受け入れたら、治らない!って思ってたけど、追い出そうとすると症状はそこを動かない。
だって、この体にとって何かが makes sense だから(理由があるから)そこにいるんだと思うんだ。
じゃあ、嫌う代わりに、理解してみようと思う。
どうしてそこにいるの?私に何を伝えてるの?ってさ。
どれくらいかかるのか分からないけど。

なんだかやっと自分の魂と、体と、和解できた気がした。

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