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避けてるつもりはなかったけど、やっぱり避けてたんだなー。最近は怒りが多かったかも。
だって怒りという感情って体の中でものすごく不快で、感じていることが辛いんだもの。
それよりポジティブなことに集中した方がいいに決まってるし!って思ってしまいがち。
ネガティブな感情が訪れると私は、とりあえずそれを認識してみる。あ、怒ってるなって。
で、怒っていいんですよ、私はそれでも愛してるから大丈夫。ってそんな自分を受け入れてみる。
どうして自分は怒ってるんだろう?一体この出来事の、本当は何に怒ってるんだろう?
怒りの更に下に自分が感じている本当の気持ちはなんだろう?って掘り下げてみる。
そしたら、EFTやら使って、その不快な怒りを一刻も早く体から追い出して、ハッピーに戻ろう!
ってやってました。
これは一見するといいプロセス、いや実際に効果的なプロセスなんだけども、この中で唯一欠けていたのは、その怒りという感覚の中に、浸かってみるということ。

感情を「感じ切る」っていうアレですね。
この「感じ切る」ってどうやるのかよく分かってなくて、もうずっと怒ってるんだから十分に感じただろうと思ってた。
そして私は一刻も早くこの不快な感覚から逃れたくて、怒りを手放すこと、ポジティブなアフォメーションを唱えて上書きしてしまうことに集中しすぎていた事に最近気がついた。
で、一時は怒りは収まるんだけどちょっとしたらアララ、また戻ってるーって事がしばしば。
最近ラジオのお話で学んだんだけど、その感情は私自身に感じてもらうために、私に100%そばにいてもらうために、あるんだという。
100%その怒りのそばで、全てを感じ尽くしてあげると、ソレはホッとして、消えていく。
ソレから逃れようとする事は、その感情を結局は無視している事になり、ソレは私に100%そばにいてもらうまでずっと私の中でふつふつして待っているのだ。
というわけで、ラジオで言っていた通りに勇気を出してやってみた。
まず、その怒りを体の感覚として、全身で感じてみる。胸のあたりがすごく不快で、苦しい。
感じる事を逃れようとしている自分もまだいる。
で、これは人それぞれかもしれないんだけど、私の場合その怒りの感覚を水のようなものと想像して、その怒りの水の”中に”、入っていく。
その時これはただの想像じゃなくて、体の感覚を感じながら、実際にその中に入っていくの。
ラジオの説明では、その感情からどうにか逃れようとするんじゃなくて、その中心に向かって行きなさい、まるで感情の自殺をするかのように!って言ってた。
まさにそんな感覚。外向きに走りたがっている矢印を、ぐいーんと中心に向けて、向かっていく。
自分の怒りの水の中に入る時、不快と怖さでプルプルって体が身震いした。
けどどうでしょう。入ってみたらすぐに、ホッとしてる自分のココロがいた。
私に完全にそばにいてもらうと、ソレはほっとして、消えていった。

 

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